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VIDEO-ITを取り巻く市場と技術

2007年7月19日掲載

第3回 INS実験

1984年9月から日本電信電話公社(以下NTT)のINS実験が始まりました。これはNTTが主催したもので、三鷹・武蔵野地域と都心の一部でユーザが実際にデジタルネットワークを体験できるもので2年間行われました。NTTはユーザが実験に参加しやすくするために端末の無償貸し出しを決定しました。あらかじめ実験参加の申し込みをし、実験の内容を登録しておくとデジタル端末を無償で貸与してくれました。

実験が始まった当初、NTTは世界に先駆け日本版のデジタルネットワーク構想INS(Information Network System)を打ち出し世界標準になるよう働きかけていました。しかし残念ながらヨーロッパの国々が推奨していたISDN(Integrated Services Digital Network)方式が世界標準に決まり、結局INSは標準から外れることになり、実験も後半には参加者も減り低調なものになってしまいました。

日立は早くに実験に参加することを決定し1982年ごろから企画を練り始めました。私は83年からこのプロジェクトに参加し企画の具体化と予算および計画実行を行いました。日立が企画したプロジェクトは次の2つでした。

1.TV会議システムを活用した印刷物遠隔企画制作システム
三鷹にある印刷工場と日立のお茶の水本社宣伝部との間をINS回線でつなぎTV会議システム、書画カメラ、FAX、ワープロなどを活用しながら企画制作の作業を進めるものです。具体的にはTV会議で企画の打ち合わせをし、ワープロで相互に企画案や原稿の送信をやり取りします。最終的にOKとなれば工場の電子写植機(CTS)で印刷用版下を作成します。

図1.印刷物遠隔企画制作システムの構成図
印刷物の企画編集会議・各種原稿の制作校正,版下の作成を3地点間で実施する。
<出典>「日立評論 Vol.66 No.5 (1984.5) 『INS実験システム』」


実際にシステムを運用してゆくといろいろ面倒なことも起こってきました。例えばカタログなどの印刷物の色校正つまり"色合わせ"です。普通は関係者が集まりテスト印刷したサンプルを並べ議論しながら色を決定していきます。しかしネットワークを介すとTV会議の画面では微妙な色が送り手と受け手で異なり、マッチングが難しいことがわかりました。結局両者が同じカラーバー(色見本)を持ちカラー番号で確認しあうことにしましたが、それでも"人間の肌の色"のように微妙なものはマッチングが難しいことがわかりました。

2.ホームショッピングシステム
当時画像を使ったコミュニケーションのツールとしてキャプテンやNAPLPSなどがありました。丁度現在のWebの簡易版と考えていただければいいと思います。キャプテンはNTTが中心になって日本で開発したもので、既に商用化が進んでいました。又動画像のサービスとしてVRS(Video Response System)がありました。メニューの中から好みの番組を選択すると最初から映像が再生されます。まさに現在のVODです。
ハイビジョンもありましたが確かアナログ、つまりNHKのMUSE方式でデジタル技術は経路制御だけに使われていたと思います。
日立は家電品の販売をCAPTAINとVRSを使って実現しようと計画しました。VRSで商品案内し、CAPTAINで注文と決済を行なうこととしました。現在であればVODやテレビショッピングで商品を見て、インターネットで注文するようなものです。ダイレクトショッピングによる地元家電ショップの空洞化を回避するために、注文された商品はできるだけ地元の家電ショップ(チェーンストール)から配送することにしました。アフタケアの面からもメリットがあると想定したわけです。

我々の計画が明らかになると東急百貨店や銀行も相乗りすることになり、一緒に決済まで含めたホームショッピングの仕掛け作りをしました。しかし残念ながら2年間の実験では必ずしも盛況とは言えない状態でした。理由はキャプテンの表現が不十分であったことと、ホームショッピングが定着していなかったからだと考えられます。

図2. システム構成
本実験のシステム構成を示す。
<出典>「日立評論 Vol.67 No.10 (1985.10) 『三鷹INSモデルホームショッピングシステム』」


※写真をクリックするとそれぞれ拡大します。

写真左.キャプテンの一般画面例
この画面の内容すべてがキャプテンセンタに登録されている固定の画面である
写真右.キャプテンのIF接続画面例
この画面は,キャプテンセンタに登録された枠画面(店名、1〜3#、最終行)と IFセンタから送出した
埋込情報(商品名、定価、当店価格)とで構成される。
<出典>「日立評論 Vol.67 No.10 (1985.10) 『三鷹INSモデルホームショッピングシステム』」


私はこの実験を通して様々なことを勉強しましたが、中でもマンマシーンインタフェイスが重要であることを実感しました。エンジニアはどうしても装置の性能面に目が奪われがちですが、人間の感性それも特に「タッチ」の面を忘れないようにしなくてはいけないことがわかりました。

TV会議(電話)は様々な場所に設置されていましたので、気軽に接続していました。実験当初皆さん物珍しく笑顔で参加してくれましたが、だんだん画面に登場してくれなくなりTV会議(電話)の意味がなくなってきました。理由を調べると一般の人々は何の前触れもなく自分の顔が相手に送られることを嫌がる傾向にあるのです。特にご婦人はTV会議(電話)に登場するのを好んでいないことがわかりました。いつも身なりをきちんとし化粧を気にしなくてはならないのは疲れる上、顔を見られるのはセキュリティー上好ましくないと思っているのです。

私はそれ以後ネットワークの高度化には受け手と送り手の人間の感性を考慮するよう気をつけています。現在、携帯電話でもTV電話ができますがなかなか流行りません、深層にはやはり一般受けする「タッチ」が不足しているからではないでしょうか。

(コラム記事/ (株)アイ・ビー・イー 坂井 裕)

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